1990年からの33年間、学部は、遠藤の丘で総合政策学と環境情報学という学問を繋いできた。
私たちはいま、この30年余りの時間で、私たちが生活している世界の秩序が大きく変動したことを実感している。これまで当然のこととされてきた前提の多くが変化した。例えば、通信技術の進歩は自由民主主義の深化に繋がると理解されてきたが、それは権威主義の強化に貢献する側面があることを私たちは痛感している。あるいはグローバリゼーション、そして経済の相互依存の深化は、国際社会の平和と繁栄を保証すると信じられてきたが、いま現実の社会は異なる姿を示している。
もちろん歴史を顧みれば、時間の経過とともに秩序は変動するものであって、価値観や利益観は流動し、ゲームのルールが動揺することは必然のことである。そんなことに驚嘆することは、あまりにもナイーブすぎる。秩序の萌芽は、既存の秩序が後退してゆく過程に立ち現れる。より良い世界をつくるために私たちは、いま目の前ですすむ変化を感度良く捉え、何を変化に抗して堅持し、何を変化に適応させるのかを冷静に理解するためのセンスを磨くことに努める。秩序というものは「支える」という覚悟を持たなければ簡単に流動してしまうことも自覚したい。
総合政策学は、私たちがいま生きている世界において、その世界をかたちづくる秩序というものは流動するものだ、ということを見据えた学問といってよい。現実社会が向き合う問題は、なにか特定の学問領域に立ち現れることはない。問題を解くための有効な政策的判断を導くためには、複数の学問分野からの視点が必要である。個々の先端的な学問領域に通暁しつつも、それを総合的に捉え直して、問題解決のために学際領域に踏み込もうとする学問が総合政策学である。
2023年度秋学期は3月25日に学部卒業式が開催される。その直前の3月22日にはSFCにおいてテイクオフラリーが催される。そして新年度となった4月1日に、24年度春学期の入学式を開催し、4月5日にはSFCにおいてキックオフレクチャーを実施する。
卒業する皆さんは、学部とキャンパスが33年のあいだ繋いできた学問をあらためて振り返って欲しい。総合政策学部は「自らの手で未来を切り拓くために足る力を磨く」ための学問として総合政策学を奉じてきた(加藤寛初代学部長)。未来を切り拓くための政策を考える学部が総合政策学部だと。そして政策を「人間が何らかの行動をするために選択し、決断すること」と捉え、「人間の行動が社会であり、その社会を分析する科学は、総合的ではなければ成り立たない」という認識のもとに、総合政策学という学問が存在している。これは「総合政策学をひらく」の巻頭言に書いておいた。
いま卒業する皆さんの多くは、新型コロナ感染症のパンデミックの最中に入学し、大変に難しい時間を過ごしてきたと思う。その時間を受け止め、それを跳ね返すようにSFCでの活動に励み、こうして卒業の時を迎えることができたのだと思う。この努力に御祝いの気持ちを表したい。
まもなく入学をする新入生の皆さん。皆さんが選択した総合政策学と総合政策学部の学問について、あらためて確認してほしい。
残念ながら、この3月に総合政策学部は、印南一路先生が定年退職で、そして松井孝治先生、金沢篤先生、近藤裕行先生、白頭宏美先生、國枝美佳先生、高在弼先生が学部を離れる。また環境情報学部は、萩野達也先生が定年退職で、そして岡田暁宜先生、手塚悟先生、塚原沙智子先生、辻本惠先生、森将輝先生が学部を離れる。キャンパスの教育と研究を共に担ってきた同僚が、定年を迎え、あるいは任期を終えるなどのかたちで別の道を選ぶことは、学部にとって断腸の思いだ。
一方で、4月から新しい同僚を学部とキャンパスは迎える。そして新しい同僚ともに、私たちは新入生の皆さんを迎える。
新入生の皆さんは、学生に向けて公開しているシラバスをつうじて、キャンパスで教育と研究を担う教員を確認して欲しい。「自らの手で未来を切り拓くために足る力を磨く」ためにキャンパスで皆さんをまっている。皆さんは、30年後の未来を切り拓くためにSFCで何を学ぶのか、そして学問をすすめるために必要な読書をしながら、入学までの時間を過ごして欲しい。
33年のあいだ、遠藤の丘で、同僚教職員達は、力を出しあって総合政策学、そして環境情報学という学問を繋いできた。その歴史を新入生の皆さんは楽しんで欲しい。そして33年から先の歴史をともに創って欲しい。