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2024.07.30

弊家物語 〜ちちの気持ち〜|政策・メディア研究科委員長 高汐 一紀

長男を羽田の第3ターミナルで見送ったあと、この原稿を書き始めた。

トロントに放牧に出す。ドイツでの生活(まだkindergartenの頃だったからあまり覚えてないかな)も含め、海外に連れて行ったことは何度もある。ひとりは今回が初めて。もちろん諸々のお膳立てはこちらでした。ここから先はひとりで全て対応しなければならない。アナカンも「いらん」と言うので付けていない。本人、「余裕、余裕w」言いつつも若干緊張の表情だったので、「出国前に何か食べよう」ととんかつ屋に入った。

で、いきなり飛行機の出発が2時間半遅れた。

帰宅後もflightradarの画面を気にしつつ横になる。気が気ではない。モニョるちちのお気持ちを知ってか知らずか、YYZに到着してすぐに連絡が来た。日本でインストールしておいたeSIMのアクティベートも問題なかったらしい。さすがにデジタルネイティブ世代、こういうことには手が早い。迎えに来た現地のスタッフにもすぐに会えたようだ。機内は快適だったそう。何はともあれホッとする。「楽しんでこい」と返事。

実のところ、ちちはこのときまで寝られなかった(笑

その後は順調にプログラムをこなしているようだ。英語でキャプションを付けてインスタに写真をアップしていたりもする。手の届かぬところでこどもが勝手に成長していく様を遠くから眺めるのは、嬉しくもありちと寂しくもあり、なかなかに複雑なお気持ち。

ラボの学生たちも海外に送り出してきた。その中の1人は、私自身も留学していたミュンヘン工科大に。ところが、ロボティクスの修行に出したはずなのに、なぜか『糠味噌大使』になって帰ってきた。まじか?! でもそれもまたSFCらしい。米国の大学院に進学したいという学生のために、とてつもない数の推薦状を書いたこともあった。彼は元気にしているだろうか?いまも博士課程の学生が1人、米国に留学中だ。密に連絡をとっているわけではないが、円安でヒィヒィいいながらも楽しそうに研究している様子を、たま〜に報告してくれる。

そんなことを書いていたら、自分のことを思い出した。

矢上のとある研究室に入ったのが89年の4月。不思議と一貫校出身者がひとりもいない代で、学部の頃からとにかく仲がよかった。仲がよすぎてほぼ全員が大学院に進学。外部からの同期とあわせると8人が後期博士課程に進み、うち6人が学位を取った。

皆、月曜日に1週間分の着替えを抱えて研究室にやって来る。昼と夜は『たちばな』たまに『オコ』。疲れたら矢上湯でひと風呂浴びて目を覚ます。夜中の2時くらいになると車2台に分乗してラーメン屋に。環七・環八方面まで車を走らせることも。外が明るくなってくる頃、それぞれの場所にサマーベッドを広げて就寝。金曜日には荷物をまとめて帰宅、週末は思い思いに過ごす。そんな生活だった。そんな私たちには妙な習慣があった。

少し時間を戻そう。修論に本格的に取り組み始めた修士課程2年の夏、指導教員の所先生から「CMU(Carnegie Mellon University)に行ってこい」と言われた。実はこれが生まれて初めての海外。パスポートを取るのも国際線に乗るのも何もかもが初めて。成田(もちろん羽田ではない)に向かうときの顔は、とんかつを食べる息子よりも微妙な顔をしていただろう。そして2ヶ月近くの研究滞在を終えて帰国。成田にはなぜか同期が車で迎えに来ていた。

なになに、どしたん? 戸惑う私の荷物をさっさとトランクに積んで、そのまま矢上の研究室に直行。えっ?家まで送ってくれるんじゃないの?? さらに戸惑う私を尻目に始まる宴会。そして「おまえがいない間に流行ったドラマだ!」と始まったのが「僕は死にましぇんっ!」で有名な『101回目のプロポーズ』全話上映会。謎すぎる展開。終わる頃には外は明るくなっていて、徹夜明けの定番だった綱島デニーズでモーニング。で、ようやく解放されて帰宅。家には父親が待っていた。

あとから聞いた話だけど、初めて海外に送り出した息子が帰ってくるというので、その日は仕事を休んでずっと待っていてくれたらしい。親の心子知らず。本当に悪いことをした。いまならそのときの父親の気持ちが理解できる。帰国した長男を出迎えたとき、出発前のやや不安な表情からどう変わっているか、どれだけ成長しているのか、ちちは楽しみだ。

ちなみに、海外から帰国した同期を成田に迎えに行ってそのまま研究室に連行 ^H^H お連れするこの謎の行動は、我々の代の謎の習慣になった。

パリでオリンピック/パラリンピックも始まった。来週には未来構想キャンプ in 鳥取も開催される。あの頃と同じアツい夏がまた始まる。

高汐 一紀 大学院政策・メディア研究科委員長/環境情報学部教授 教員プロフィール